週末の文芸漫談のお題になっている、田中小実昌さんの「ポロポロ」を読み終える。上手く言えないのですが、質感というか佇まいのようなものが、大変に面白い。チャペックもそうでしたけど、田中さんも大変に「呑気」な人だなあと思う。後半の短篇では、執拗に物語や作為を拒絶する表記が見られましたが、逆に過去の事をここまでクリアに作為なく書くという事はすごい事だと思います。おそらく人が物語を書く理由の一つとして、忘れてしまう事がという事があるのではないかと。忘れてしまった記憶の欠損部を補い、辻褄を合わせようとするために、物語の力を利用する、そんな心の働きが人に物語を書かせる、という一面もあるのではないでしょうか。記憶力も勿論なんですが、おそらく、その呑気さのお陰で、一歩引いて物事を俯瞰して見れているのが大きいのでしょう。この短編集は表題作の「ポロポロ」以外は戦場での田中さんの実体験をもとにした話です。いくら前線ではないとはいえ、いつ敵が襲ってくるかわからないし、食料事情も最悪に近く、びっくりするような確率で次々と伝染病に掛かってしまいます。普通だったら、興味関心は目の前の敵や食べ物や生命に集中するはずなのですが、田中さんの関心は、どうやらそんな所にはないらしい。とことん兵隊向きではないですし、多分、最前線でしたら、真先に死んでいる人なんだろうなあ、と思います。けど、幸いな事に、呑気でいても銃で撃たれる心配のそんなにない所で従軍していたので、こんな、奇妙だけど、面白い小説を読む事ができる。そんな人を、文芸漫談では奥泉光さんといとうせいこうさんが、どんな切り口で笑いにしていくのかが、とても楽しみです。