今週は、何か全くと言っていいくらい、仕事中に気持ちが上がってきません。客観的に見ても、あまりワクワクするような仕事ではないと思いますが、それにしても朝から心の中でマントラのように繰返し「つまんねえなあ」とか「かったるいなあ」といった事をつぶやくのは良くないなあ、と自分でも思います。ほとんど、潜在レベルで反射で唱えてしまっていますからねえ。これでは、仮にやりがいのある仕事でも、面白いと感じるのは難しいなあと思います。
最近、倉本美津留さんの「笑い論」を読み出したのも、帯の「つまらない毎日はもう終わり」という言葉と、副題の「24時間を面白くする」というフレーズに惹かれたからです。今までは、「仕事が面白くないよなあ」と感じたら、インプロするなり、お芝居や落語を鑑賞するなり、カラオケ行くなり、読書会で好きな本の話しをするなりすれば良かった。ただ、コロナ以降は、少なくても治療法が確立するまではそういった事が好きに出来なくなってしまった。仕事でさえ、いつ奪われてつまらないとぼやく事さえ出来なくなってしまうかもしれない。そんな、制約と不安にまみれた世の中や職場に立ち向かうためには、ものの見方や考え方を楽しくなる方に寄せていくしかない。それも、その答えは一人一人違っているので、誰かのアイデアをお借りすることは出来ても、丸パクリしていては、自分だけの面白い人生など過ごせるわけがない。つくづくめんどくさいなあと思いつつも、捉えようによっては面白くなる材料は結構あるなあ、とも思えます。あとは、自分がどう考えて、どう実行していくかで。僕も含めて日本人が苦手にしてるであろう部分ですが……。

笑い論 - 24時間をおもしろくする - (ワニブックスPLUS新書)
- 作者:倉本 美津留
- 発売日: 2018/12/08
- メディア: 新書
倉本さんの本を読んで、ここ数日面白いもの探しをすべく、通勤中の電車を見ているのですが、本当につまらなそうにしている人が何て多いのだろうかと思います。そうか、自分はこんなにつまらなそうな表情をして、つまらなそうに行動していたのか。他山の石って、こういう時に使うんですね。自分に決定的に欠けているのは、こういうふうにつまらなそうにしている人に、一人でも笑顔になってもらおうという気があまりない事。インプロや演劇をやり始めてから、「自分は本当にお客さんに楽しんでもらいたいという意識に欠けているなあ」と常々思い、技術以前にパフォーマーとして一番欠けている部分だと思い続けてきました。
多分、自分がただ楽しいと自己満足しているだけの『楽しい』という気持ちはただの欲求で、不要ではないけど、それほど長持ちはしない。そして、誰かに笑ってもらったり、ドキドキしてもらったり、ハラハラしてもらった、『楽しい』は結構長持ちします。これからは自分がいかに自分が他の人達と一緒に楽しくなれるかを、より意識していきたいです。
うん、書いているうちに少しだけですが、テンションが上がってきました。