だいたい読書日記

本の問屋(取次)に勤めています。仕事柄、本を読むのが好きなので、ここで独り言を書いております。趣味でインプロという台本のない即興劇をやっており、ステージ経験もそれなりにありますが、コロナの影響で今はお休み中。その他、立ち食いそば、B級グルメ、落語、野球など、好きな事を好きなように書いています。

日記。文学の教室・大岡昇平「野火」2回目。神宮近辺を歩く。三軒茶屋で演劇ワークショップ。

毎月第三日曜日の朝は、下北沢のB&Bさんで「文学の教室」。今回は大岡昇平の「野火」の2回目になります。出来る事なら今回の教室の前に映画も見たかったのですが、小説は読み終えたので最低限は良しとしますか。

今回から具体的な内容に踏み込みますが、改めて感じるのは、短いながらもなかなかすっきりとは読み解けない、この小説のひと筋縄でいかなさ。

別の参加者の方がおっしゃっていた通り、この作品の主人公が、いつおかしくなってしまったのかという問題もかなり難解です。

極力感情を押さえた一人称で描かれていることで、戦場で見たであろう事が恐ろしいまでに真に迫ってくる反面、語り手の主人公にどこまで信憑性を置いていいのかが分からなくなります。この小説が大岡昇平の実体験に基づいているだけに、なおさらです。

理性的に描けば描くほど、感じてしまうのは、その理性の脆さや信用できなさ。戦場の教会で起こった出来事も、神様からの加護ではなく悪夢としかいいようのない出来事ですので、理性を超えた場所で奇跡が起こる事も一切ありません。

じっくり読み解こうとすればするほど、何を信じていいのか分からなくなり、打ちのめされたような気分にさせられます。読んでいてでさえ、強くそう感じてしまいます。

大岡さんがこの小説を書き終えた後、どういう気持ちで何を信じて、他の小説を書いていたのだろうか?そんな事を想像すると、更に打ちのめされた気持ちになり、気が滅入ってしまいます。


藤谷さんのおっしゃる通り、戦争体験や小説を書くということが、どこまでも個人的な行為である以上、大岡さんの身に実際に起こったことは、本人にしか理解できないのかもしれません。

ただ小説を通して「打ちのめされる」事は出来る。実は、これってとても貴重な事なのではないだろうか?今回の話を聞いていて、そんな事を考えさせられました。


教室が終わった後は、次の予定まで少し時間があったので、神宮近辺を歩く事に。東京メトロの街めぐりスタンプラリーの最終日が24日までなので、そのクリアを目指します。他はクリア出来たので、今日は青山一丁目コースへ。

首尾よくいけば、ついでに昼食をと思っていたのですが、薄々感じていた通り、手頃がお店がなかなか見つかりません。新橋に行けばいくらでもある立食いそばのお店やファストフードのチェーン店も居酒屋も全く見つからない所はさすが神宮前!

一時間近くひたすら歩いていたのですが、地味に蒸し暑く、地味にアップダウンが細かくあって、気がついたら結構疲れました。途中でワタリウム美術館を見つけたのですが、入る気力も時間もなく今回は断念。またの機会にします。



神宮のいちょう並木。



コースをクリアした記念のスタンプ。

歩き疲れたので、途中、和菓子屋さんで栄養補給。塩大福はお餅がフワフワで、小豆は上品ですが、しっかりとした甘味。かなり美味しかったです。



外苑前駅の近くで見つけた、喜田屋さんという和菓子屋さんで購入。塩大福 162円。六どら 栗一粒 300円。


田園都市線三軒茶屋へ移動して、15時からはパブリックシアターで演劇ワークショップ。今回は、昔ばなしのその後を作ってみました。インプロでも名作のその前やその後、サイドストーリーを作ったりします。

けど、演劇で作るという経験はほとんどないので、いつもとひと味違っていて、なかなか新鮮な感覚です。

インプロだとどうしても普段の自分の思考パターンで話しを作りがちになってしまいますが、ブラッシュアップすると、周りの人間の考え方を上手く自分の中に取り込むことができ、普段と違ったお話が作れる可能性がグッと高くなります。


(追記)
劇場で稽古中の「毛皮のヴィーナス」。ワークショップ参加者の我々とは比較にならない高レベルの感染症対策が。トイレに行くときに専用スリッパまであるのには、びっくりしました。

二人芝居で代役も簡単に立てられないという事情もあるそう。心の底から無事に公演が行われて欲しいです。